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PHIMEANAKAS

日記の帯。わたくしが描いたの。Phimeanakasって,アンコール遺跡の一つです。天上の宮殿と謂う。


6月3日

相変わらず更新がのろくてすいません。気がつくと2週間経ってるんすよ。ほんと。 先週の日曜日はうちでパーティやって、ああっ忙しい! 終わってぐったり、それでも毎日なにやら雑用があって気がついたらもう一週間経過。 こんなことでいいのか。 特に何をやっているというわけでもないのにこの光速的日々はなんなんだ?

と言い訳です。

雨季なのに、あまり雨降らず。 雨季たって日本の梅雨と違って、午後に夕立が降る、という程度の雨季ですが。 それに暑い! これでは4月の酷暑の頃と変わらないーっ。 体感温度45度だって。 道理で。 夜も27度。 まさに熱帯夜。 なんか、だるーくなっちゃいます、こんな気温が続くと。 いっくら暑さ慣れしてるからってさあ。

そうそう前回書いた故伊丹十三氏の「ヨーロッパ退屈日記」 それに氏が映画(『ロード・ジム』とやらだそうですが、どなたかご存知か? ハリウッド映画だそうな)の撮影でカンボジアを訪れた時のことが書かれているのであります。 63年頃。 まだシアヌーク国王が政権をしっかり握っていた頃、クメール・ルージュなんて誰も夢にさえ見ていないころのお話です。そこにある一文が

『それにしても、この国の人達ほど、純真で礼儀正しく、かつはにかみ屋の人達を、わたくしはかつて知らない。そうして、彼らを、土人扱いにして顎でこき使っている四流五流の白人達、わたくしは彼らを、人間の屑、と呼びたい。』

とあるんですね。

白人達云々に関してはノーコメント、というか、40年近くを経過した今でも「エライ白人・ドジンの有色人種」概念を持ってる人間は残念ながら存在するわけで、それは人間のクズのままおいておくとしましてね

純真で礼儀正しく、かつはにかみ屋!

・・・

どこに?

確かにまだその残滓のようなものは残っておるかもしれませんが。

クメール・ルージュの大量虐殺がどれだけカンボジアを痛めつけたか、思いをいたさざるを得ません。

アンコールワットを建てた偉大な国家が、1000年近くたってみればこのありさまであります。

ローマ帝国だってエジプト王朝だってそうだよ、と言ってしまえばそうなんだけど。 栄華必衰。 にしてもひどすぎないか?

・・・そうそう、氏の Le Royalホテルでの経験も書かれておりますのでついでに。

『・・・このホテルのバーに五人で腰をおろしたとお考え下さい。・・・握り拳くらいのパンにハムを一切れはさんだサンドイッチを注文した。飲み物は、コカ・コーラ、あるいはトマト・ジュース。この勘定がいくらだったと思う? 何と八千円だよ。』

あの頃の感覚だと、八万円、に近いのかもしれないですね。 一人一万円ちょっと。 ひー。 たかがサンドイッチで。 今 Le Royalで同じものをバーで注文したら、五人でやっぱり八千円、というところかもしれません。 日本の同格ホテル並みよりちょっと安いくらいなの。 ドル高の昨今、同じ位と考えたほうがいいのかな。 Elephant Barで注文するBloody Maryは4ドルざんす(税・サ別)。 ロビーでいただくお茶も約4ドル(これは税・サ込みで)。

警官の月給約20ドルって国のこの値段。 多少後ろめたく感じないでもありません。 

でも行ったらやっぱり日本の感覚で注文しちゃうのよねん。


ぺシャワール会ものぞいてみてください。アフガニスタン難民を助けています。月に2000円で、お腹が一杯になるんです。


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