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VARDAR
Skopjeを流れる河


2004年3月31日

マケドニア大統領選の選挙運動開始。

っていってもあまり面白く(?)もなさそうな風向きで

マケドニア人もあまり興味なさそうにしているし

どうせ、与党のCrvenkovski首相が勝つんでしょ

って雰囲気です。

他に3人くらい立候補してますが、旗色悪し。 最大野党の候補者Kedev氏の写真の写真はこちら

というくらいしかないマケドニアのニュース。

あっ

昨日市の中心地に住んでる友達が

「昨夜遅く、銃撃戦があった」

って言ってたんですが、ほんとかな?

ニュースをチェックしてたんですが、そういう話が見つからない。

ギャング抗争、らしい、と彼女は言ってたんですが

それだと国際ニュースにならなくて、見つけるのが難しい

マケドニアのニュースサイトは更新が遅くて、見つけるのが難しい

のでございます。

テレビ見てもよく分からない

他の友達に聞いてみよう。

でもこの話がほんとだったら、銃撃戦なんて久しぶり(?!)の話。

平和に慣れるのも早いもんだな、と思うこのごろでございます。

街を歩く時の緊張感がかなり薄れております。

カンボジアに居たときは、大体こんなに徒歩で移動しなかったし

銃声もよく聞いたし

誰かが発砲した話なんてしょっちゅうだったし

そんなのが普通になってたのもオカシイんだけどさ。

・・・日本に注文した本が届いて(そうそう、やっとマケドニアにもEMSが届くようになったのさ!)

色々思ったことがあったのですが、忘れちまいました(無意味)。

あーそうそう

戦争に大義はない

英語だけ喋れても駄目

要点メモみたいだな。

戦争に大義はないっての、まったく違う人が同じことを書いていたのが面白かったんざます。

まあ、日本が参加するんなら、日本の国益優先で日本の政治家は判断するべき(当然じゃん)で

大義というより、正義はない、って言った方が分かりやすいのかもしれない。

英語の話は、当然英語でない他の言葉を使う人からの話だけど(これも複数の著者)

マケドニアにいたって、複数国籍の人間が集まれば、まずは英語が使われるし

英語がInternationalな第一用語になっているのは否めませんが

ヨーロッパにいると、英語だけじゃ足りないー

と痛感することは間々ございます。

それに、複数国で働くような職場では、英語はまず話せて当たり前

の風潮が大いにあり

つまりは

特殊技能や専門的能力がある

ことがまず大切で

英語のコミュニケーション能力の有無は、聞かれることもない大前提

になってるんざます。

で、ついでに(?)フランス語や、ロシア語、中国語やアラブの言葉ができるとこれは大いに、効く。

とはいえ、ヨーロッパでは、三つくらい通常のレベルで操れる人が山ほどいるので

やはり欧米の言葉でないものが操れるのは大きいですね。

だから、考えれば日本語が出来るのだって一大利点なのであります
(中国に行けば筆談でかなりイケル! これも大きい)

ので

みんな英語英語英語って言うのもいいけどさ

英語が喋れたら即それは国際人!というのは大間違いで

まずナニやらの専門家になって、日本語も、他の言葉も喋れる

ってのが実は「国際的」に活躍する早道なのではないでしょーか。

(それにその道でそれなりの権威になれば、言葉が出来なくても通訳がついてくれる)

と、何物の専門家でない私は最近よく思うのでございます。

こんなことだったら

博士号を取っておくべきだった (マスターも取ってないけど)

何もしてなくても(?)名刺に Ph.Dがつくと、こっちじゃ結構箔がつくんざますよね。

日本ほど人は沢山大学行かないし、学位を取るのも大変だから。

ま、今はせめてフランス語を英語のレベルにできればいいな



車の中でフランス語のラジオをつけておりますが

そんなもんでレベルアップできれば苦労はしないのであった、実際。 のほほ。

英語圏の人間は、英語しか出来ない人も多いので、三つ四つ言葉ができればそれなりに自慢になる、という
さもしい根性も動機にはいっております。 それに英語じゃない内緒話ができるってのは、大きいぞ。

英語のみならず、外国語が操れる=国際人 っていうのは絶対違うとよく思うこのごろでございます。
旧ロシアやら、旧植民地やら、「主要言語」ともう一つ二つ、言葉を使う国は沢山あって

じゃあ言葉をいくつも使えるから彼らは国際人? っていったら違うざましょ。
モノの考え方や、異文化へ寛容や、教養や、さまざまな基盤があってこその「国際人」でありましょう。






ぺシャワール会ものぞいてみてください。アフガニスタン難民を助けています。月に2000円で、お腹が一杯になるんです。

とはいえ、なんだか途上国への援助って、もうやめたら・・・と思い出しているわたくし。 カンボジアも、アフガニスタンも。 貧者を見殺しにするのか? という声もありますが、なんだか脱力しちゃいますがな、その「援助」がどこに流れていくかと見聞きすると。 実際に役に立つモノは送っても政府が喜ばず、歓迎されるのはどうにでも途中でごまかせる援助金とか、大型プロジェクト、とかそんなんばっか。 

援助されて当然って顔するな! 自分で立て! 働け! ベンツなんか乗ってるな! ってよく思うんですけどね。



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